“コミュニケーション重視の日本語指導法”
     武蔵野大学・大学院教授 佐々木瑞枝    

講演会の記録の抜粋

◆プロローグ(受講生の皆さんのことを知るために)
 私は、昨夜遅く新幹線で岐阜に着きました。今朝起きてみて、一面雪景色に思わずみとれてしまいました。
 皆さんも、雪の日に研修会まで大変でしたね。実りの多い研修会にしたいと思っております。・・・

(どのくらいのボランティア経験があるか、どこの国の人に教えているか、どういったことを心がけているかなど、参加者とのやりとり)


◆講演の内容について
 お配りしているハンドアウトをご覧ください。
・・・・・
 さて、4時20分に質疑応答となっていますが、たった10分間だけの質疑応答よりも、皆さんと一緒の参加型の授業にして双方向のコミュニケーションのあるものにしたいと考えています。いいですか、参加型の授業です。よろしくお願いいたします。ですから、1人で座っている人って、つまらないですよ。異文化という点では、男性と女性がいいのですよ。年齢もちょっと違った方がいい、言葉が違いますから。席を移動しましょう。ペアワークができるように。
さあ、これで準備ができました。

◆授業を始める時、気を配りたいこと
 先生が、授業するときまず気をつけるのは、学習者が孤独にならないようにすること。教室を見渡すと、必ず一人で座っている人がいるはずです。ボランティアのクラスでは、横の連絡がない場合が多いので、特にそうですね。
皆さんが外国人学習者だとしたら、どうですか。教室には誰も知っている人はいない。言葉も違うから会話もできない。せっかく日本語の教室に足を運んでも一人ぼっち。教える側は、最初にこうした状況を変えることから始めましょう。・・・
今日、私が一人の人の隣には必ず誰かが座るようにしましたね。


◆教室の机の配置

本当はこういう座り方(机の配置)はよくありません。どうしてでしょう。一番後ろの人は、前の人の背中しか見えないからです。本当はコの字型がいいのです。そうすると、みんなお互いの顔が見えるでしょう。でも、今日は顔が見えるように当てますから、前に来ていただいたりして、みんなの顔をみんなが見えるようにしましょうね。せっかく、皆さん、キラキラとしていらっしゃるのに、お互いの表情が見えないのは残念なことです。人は人の背中に向かってはコミュニケーションできません。私もなるべく、教室中を歩き回ることにしましょう。

◆話すこと--自分のアクセントを確かめましょう
 皆さん、自分の日本語のアクセントについて、自覚しながら話していらっしゃいますか。学習者は先生の話し方をお手本に、コミュニュケーションしがちです。先生との接触が深くなれば深くなるほど。

(この後は音声指導に入る。音声を伴ったものをおこすのは難しい。できるだけ再現につとめることとした)

◆音声指導の重要性
外国人に教えるときに、まず最初に、本当に必要なのは、文法や語彙を指導することより、音声感覚を先生がつかんでいることなのです。・・・
外国で日本語を教える場合は、特に、音声指導から初級は教えなくてはいけないと思うのです。
 「面白い。日本語の発音は面白い。自分の言葉と全然違う。」
そう思ってもらえたら、もう後の音声指導はスムーズにいきます。
最初が肝心なのです。

(佐々木先生は教室をまわって、音声を確認しながら、アドバイスしていく)

★高低も「駅」がつくと変化することがある例
 例えば私、前山口にいたのですけど、・・・・。


◆日本語教育能力検定試験にも音声問題は出題される
昨年から日本語教育能力試験は変りましたが、音声の聞き取りはそのまま残っています。
高低アクセントの問題もです。・・・

◆話すことの指導
 「生きた日本語を教える工夫」の本から「話すことの指導」の部分をコピーしておきました。・・・・・
この待遇というのは、先生と学生が同じレベルで話すことではないので、やはり場面の中の人間関係をよく考えて教えないといけませんね。


◆フォーマルとインフォーマル

 ・・・・・・・それはやっぱり彼と話していると、何かばかにされているような感じがするという、コミュニケーションギャップにつながっていくのですね。
外国人は、ばかにしているわけじゃないのです。ただ、話し方を日本語の先生から教わっていないだけ。ここ、気をつけましょうね。


◆日本語教師は実りある仕事
 
◆教科書選び

 ○○さんはいらしてますか。高山からいらしたの。雪。(「二、三日前に30センチぐらい」の声)ああやっぱり、そうですか。
 「・・・授業では、話すことと聞くことに重点を置くと、これは耳にたこができるくらい聞かされたことだ。話すことに重点を置くという意味は、いわば初級の授業でできる話し方の指導とはどのようなものだろう。初級では、文型や語彙を学習し、発音することによって、文型や文法を習慣形成するというスタイルがとられることが多い」。

◆口頭練習は形式的な答えを導き出すのみ
 ○○さん、いらしてますか。
 「これは直接法の指導によくあるパターンで、話すことが中心といいながら、実は資料も口頭作業が中心の、教師も外国人学習法を形式的な答えをするだけになっていることが多い」。

 
◆日本語教師養成講座の実習クラスでも

 「・・・・・・実習クラスでも、実習生が。。。・・・・・・・・教師が質問する、学習者が答えるという実習に満足してしまう人が多い。それを学習者の答えがちょっとでも教師が予想した答えと違うと、たちどころに直してしまう。これではドリル練習やパターン・プラクティスが少し形を変えるのにすぎず、学習者が実際・・・・・形成されると思います」。

◆機械的な技法だけでは教えたことにならない。
 「ほかの教師と学習者の受け答えで、教師が指摘できる範囲は、主に次のようなものだ。音、イントネーション、アクセントなどを訂正する。ただし、日本人が聞いて多少の不自然さが伴ったとき、意味がわかるまで‥‥」。


◆身近で具体的な場面を作り出すこと

 「しかし、話し方の指導ということを考えると、これらの練習だけでは不十分だ。話す力をつけるためにはどんな工夫が必要だろう。まず、場面がポイントになる。学習者に合った身近で、しかも、具体的な場面をつくり出すこと。その中で場面に合った会話をすることだ。次に大切なのは、本当の意味での話す機会を増やす工夫だろう。ペアグループによる活動をさせる。行動させながら日本語を使う。授業のまとめに口頭発表や口頭テストを入れる。ほかにもさまざまな練習方法が挙げられる」。
 では、ペアワークです。
(ハンドアウトのイラストを使ってすすめる)

 
◆ドリルとタスクから
(講師はペアワークの練習をみてまわる)
 いろんなパターンが出るでしょう。例えばビールが並んでいたり、お寿司があったり、いろんなことが使えますよね。だから、何種類ものパターンが出ると思います。
 じゃ、こちらの前の2人、ちょっと前に出てらしてください。何通りできるか、。お願いします。(講師はペアワークで積極的に良い答えが出ている人を指名)


◆楽しい雰囲気でドリルとタスク(外国人学習者のペアで)

★ 並んでじゃない、並べて。「素敵なミス」
「並んでください」
 今のすごくすてきなミスなのよ。今日後半でやる自動詞と他動詞のミスです。

★助数詞のミス
◆学ぶ時のスタイルーステレオタイプはあるのか

・・・これまで受けてきた教育環境や倫理観によっても「学ぶ姿勢」が違っているのだと思います。

◆チェーンプラクティス
・・・・そういう練習方法もあります。試してみてくださいね。

◆ビデオの授業風景から


後半

◆形式名詞の指導
 今日は形式名詞に主題を絞りました。・・・・
★1 「こと」の指導 辞書形+こと  た形+こと
まず、この代表的な四つです。
(グループワークで例文作成、講師は教室の中で受講生の例文の相談にのる)

・・・・・・ですから、日常のコミュニケーションに役立てると言う意味でも、この形式名詞って、すごく大事なのです。

★2述語要素を名詞節にする形式名詞

★3こと、は命令、指示も表す
 夏休みはお手伝いをすることという、「こと」で終わるのは命令・指示なのです。この用法、すごく多いです。

(ペアワークで命令、指示の形式名詞、こと、について考える)

なるほど、男性が書くことって、やはり例文も女性が書くものとは違ってきますね。
「たばこを吸わないこと、酒を飲まないこと、車の運転をしないこと」。そうですね。「静かにする、騒がない、風邪に気をつける、名前を書く、辞書を見ない、朝寝坊をしない、食事はテレビをつけない、月に1回トイレ掃除をする」。月に1回(笑)。そんな、毎日やった方がいいですよ。「授業前10分前に到着、運動をすること、早起きをすること」。
 まだスペースが四つあるので、女性の方、○○さん、四つ書いてください。
 ・・・・・これは皆さんの生活感あふれる例文で、とてもよかったと思います。
★「こと」を使うタスク
1 「学習者に合った文章をカードにつくって、カードめくりで読ませる。
2 キーワードだけ書いておいて、『こと』の文章をつくらせる。
ゲームで楽しく覚えてもらうと、「こと」も、覚えやすいですね。

『形式名詞を続けるところだったが、不調だったビデオの調子が治ったので、ビ
デオを視聴する)

◆ビデオの授業の補足(テーフォームの指導)
◆見えない文法

 ・・・・・むしろ、今説明したような、「見えない文法」こそが、教えるべきことなのです。
(ビデオについての説明はここで終了。)

◆形式名詞、「もの」
 さきほど、形式名詞「こと」の説明をしたところで、ビデオが入りました。頭をもう一度、形式名詞に戻してくださいね。頭のネジを巻き戻しです。
「もの」、辞書形とタ形で、違いが出てきます。サブノートに文法説明も書いてありますのでご覧ください。
さあ、ペアワークの開始です。隣の方と「もの」の辞書形とタ形の例をまたつくってください。


◆形式名詞 辞書形+もの た形+もの

 
黒板に書かなくて、大丈夫ですか。
◆ーーーするものです。(当然そうするべき)
サブノートの次の例をご覧ください。
「子供は早く寝るものです。・・・・・・・・・・・・・・・・」
 ○○さん、お願いします。
「飲酒運転はしないものです」「・・・・・・・・」
「スピード違反はしないものです」
 ○○さん。
・・・・・・・・・・・・・今の例文は、よくできました。

◆「--ものだ」(過去の経験、感慨をこめて)

◆「--もので」断るときに役に立つ形式名詞
・・・・・外国人学習者に「断る」という機能を教える時「--もので」を教えてあげると、実に効果的です。
○○さん、私が誘いますから、断ってください。
「今晩ラスト・サムライ、一緒に見にいきませんか」
「はい、行きませんでした」(爆笑)(外国人学習者の返事)
 やはり、外国人学習者にとって、断るのは難しいようですね。日本語は上級レベルに見えても、やはり難しい。



◆言いさし表現

 日本人は断りのとき、全部言い切らず、省略することがあります。相手が目上の人の場合に省略が起きることが多い。はっきり言いにくい場合。
①「て」で終わることが多い。言いさし表現の「て」とか「で」。
「用事がありまして」、
「妻と約束がありまして」。
②若者だと「何とかしぃ」と言う人もいる。
「今日映画に行くしぃ」と言って断るのです。
 言いさし表現というのは何かというと、本当に言いたい肝心の部分、重要な部分が省略されてしまう。重要な部分を言い切らないで省略する、それを言いさし表現といいます。非常に大事で、これを外国人に教えてあげると、断るときに相手を傷つけずに断ることができます。


◆形式名詞 ところ
 だんだん時間が迫ってきました。
ハンドアウトの最後をご覧ください。
「ところ」はアスペクトを考える上で大事な形式名詞です。私、よくおそば屋さんを例に出すのです。アスペクトというのは、動作がどの時点にあるかということです。
形式名詞で「ところ」を教えるときは、「辞書形+ところ」、「ている+ところ」、それから、「た+ところ」の三通りの例をあげます。
「もしもし、おそばまだなのですけど」「あ、すいません、今出るところです」というのは、何もつくってないですね。「あ、すいません、出たところです」というのは、これからきっと出るとか、ちょっと時間がずれるのですけど、「出るところ」というのは、直前です、直前の動作。ノートをとらなくての大丈夫ですよ。ハンドアウトにありますから。

◆辞書形+ところ た形+ところ ている+ところ
 辞書形+ところ、「書くところ」、まだ書いてないが、書く直前であることをあらわす。「書いたところ」は、書いた直後をあらわす。書いてありますね。「ているところ」は、書いているで、最中であることをあらわすというので、この三つを時間の違いで「ところ」を教えると、形式名詞のところが教えられます。
 
◆「会話の日本語」(ジャパンタイムズ」より)
★自動詞と他動詞の使いわけ

 第7課の「お皿が」という漫画です。第7課の49ページ。いいですか。
 ウエイターが「あ、すみません。お皿が割れちゃいました」。
マスターが「割れたのじゃなくて、割ったのだろう」、
「お皿が割れちゃいました」・・・「割れる」で自動詞、「お皿が割れちゃいました」って自動詞で言ったら、マスターが「割れた」のじゃなくて、(自動詞)じゃなくて、、割った(他動詞)だろう。これ、自動詞と他動詞を教えるポイントなのです。ウエイター「は、はい」。「どうせ怒られるのだから、割っちゃえ」で他動詞です。「割れる」と「割る」を教える。非常に大事なところです。外国人がよくつまずく、自動詞と他動詞の使いわけの練習です。
 次のイラストを見てください。
、「時間稼ぎ」。
上司「できたかね」。
部下「はい、今やっております」。
上司「まだかね」。
部下「もうちょっとです」。
上司「あと、どれくらいかかるのだ」。
「あと少しです」。部下「できました」。
上司「ご苦労さん」
部下「時間をかければ、残業手当もばっちり」って、面白いでしょう。
「かかる」、自動詞、「かける」は他動詞。「時間がかかる」「時間をかける」で漫画にしました。
 
★困った人たち
 30ページ、「あなたの近くに迷惑なことをする人たちがいます。絵を見ながら、さっきの『てください』『ないでください』を使って、そういう人たちに注意してみましょう。ペアに別れて、例のように注意する人と注意される人になって、話してください」、
 3番だけやってみましょう。後ろから追いかける人が何と言いますか。「たばこを捨てないでください」、そういうふうに言うのですね。
 じゃ、2番は。「今日は何曜日」、「今日、日曜日」。「ごみ出す日は」、「そう、今日は日曜日ですから、ごみを出さないでください」、そういう問題です。ただ文型で教えるより実際に使う場面を示すことで、コミュニケーションに近づいていますね。


◆エピローグ
今日はテーマを絞ってお話しました。最初は音声。皆さん、勉強会で続きをしてくださいね。
 その次何をしましたか。生きた日本語を教える工夫で、話すことの指導をして、それから形式名詞の指導、「こと」、「もの」、「ところ」、それから、ドリル・アンド・タスクの例をお見せしました。
さて、最後の質問の時間です。質問はありますか。
 はい、どうぞ。
 (たくさんの質問に佐々木先生が丁寧に答える)

 今日は雪の中おいでくださってありがとう。皆さん、本当にまた、どこかで会いましょうね。スタッフの皆様もありがとうございました。
 また、皆さんとどこかでお目にかかれますように。さようなら。
         (拍手)

講演終了



シンポジューム・公開講座etcのページに戻る